安定のFLAMELESSの記事がとても良かったのでシェア。
青龍映画賞後に投稿されたヒョソプのWeverseコメントについてのコラム。めちゃくちゃウンウンって頷きが止まらないから是非とも読んで欲しいし残しておきたいとおもった
作品に向き合う姿勢、原作ファンへの敬意、結果より工程を大事にしてきたヒョソプのことがすごく丁寧に書かれていたんだよ🥹
今回ヒョソプは結果だけ見れば“新人男優賞を逃した人”だけど、結果以上のものを自分の中にしっかり積み上げて帰ってきた人だなって感じるよ
全知的な読者の視点からでは数多くのインタビューに答えていて、それも一緒に読み返してみたら感動した。ただ、日本での公開がまだだから見てない人が多くてその点では感情が共感してもらいにくいってのもあるよね😖
『全知的な読者の視点から』アン・ヒョソプが映画初主演を務める理由とその背景
ちなみにヒョソプのウィバース投稿文→こちら
作品に向き合う姿勢、原作ファンへの敬意、結果より工程を大事にしてきたヒョソプのことをこの記事がすごく丁寧に書いてくれてて嬉しくなった☺必読◎
— todo🫠 (@pauland_todo) November 21, 2025
【FRAMELESS】 アン・ヒョソプ、受賞よりも長く記 憶に残る“俳優としての格”
📝記事本文 https://t.co/Osspd6lHkt
📝和訳https://t.co/V5hDeu0iqh pic.twitter.com/eAe6w3YSSa
たぶんのこの記者さんはポルチャクだとおもう(真剣)
毎回の記事がヒョソプを理解しすぎてる
謙虚さの上にしっかりと積み上がったアン・ヒョソプの態度、英雄ではなく“より小さなキム・ドクジャ”へ向かった旅路。

19日、KBSホールで第46回青龍映画賞が開催された。
新人男優賞候補に名前を連ねたアン・ヒョソプは受賞には至らなかったものの、授賞式直後に公開された文章は、結果よりもむしろその過程で現れた彼の「しなやかでありながら揺るがない態度」と“俳優としての品格”をより鮮明に示すものとなった。

『全知的な読者の視点から』は制作段階から高い期待と厳しい基準の中で始まった作品だ。
長く原作を見守ってきた読者層は明確で、その期待はキャラクター解釈から完成した映画がどのような感情線を観客に届けるべきかに至るまで強い基準を形作った。
作品公開後は評価が分かれ、興行成績も期待には及ばなかった。複雑な創作過程のなかで、主演俳優は最も多くの感情や反応に直面することになり、その重さは時に作品自体が受ける評価以上に向けられた。
それでもアン・ヒョソプは、作品が置かれた荒い環境を説明したり言い訳したりするのではなく、まず“自分が向き合った人物をどう解釈したか”を語った。 彼はキム・ドクジャを特定のイメージに固定せず、日常の感情に潜むひび割れや回復の瞬間を通してアプローチしたという。
英雄的な物語を強調するより、個の経験から出発する人物の“質感”を探っていく方法を選んだのだ。 これは原作が持つファンタジー的外形よりも、人物の内面的動機を優先した解釈に近い。
アン・ヒョソプの文章で特に目を引くのは、彼が“自分を中心に置かない”という点だ。
スタッフ、共演者、監督、制作陣、事務所関係者をまず挙げ、共に作り上げてきた過程を忘れなかった。そして、長い時間原作を支えてきた読者の存在も決して置き去りにしなかった。
公開後、最も厳しい基準で作品を見つめたのは原作ファンだったが、アン・ヒョソプは彼らの評価を避けたり突き放したりしなかった。むしろ、彼らが築いてきた世界と感情を尊重する姿勢をはっきり示した。
原作ファンが作り上げた世界があったからこそ、自分はその中に入り込み演じることができたのだと語る。 期待に届かなかった結果の前でも、彼らへ向けた言葉は単なる礼儀ではなく、その世界とそれを守り続けた人々への“真心”に近い。
だからこそ、この部分は結果以上の意味を持ち、作品に向き合うアン・ヒョソプの姿勢の強さを示すものとなっている。
内面の“繊細な線”を追いかける俳優
俳優としての方向性を語る文も明確だ。彼は、これからの演技が「大きな英雄」を作り上げるのではなく、人物の中に隠れた小さな感情や質感を追いかける過程であってほしいと書いた。
「演技とは世界を理解する一つの方法であり、誰かの痛みや喜びを、完璧ではなくても最善を尽くして生きてみること」
アン・ヒョソプ、第15回美しい芸術人賞に出席
先日開催された美しい芸術人賞授賞式で彼はこう語った。
これは外面的な人物像より“内面の繊細な線”を中心に置きたいという意味に読める。
立場は違えど二つの発言は共通して、人物を深く解釈し、経験を通してアプローチしようとするアン・ヒョソプの一貫した姿勢を示している。
一つの結果では語れない俳優の重み
青龍映画賞は一つの“結果”を残しただけだ。
しかし、作品が完成するまでの過程、観客の反応、俳優が抱えたさまざまな感情や期待を考えれば、アン・ヒョソプが残した文章はただの所感では終わらない。 受賞には至らなかったが、その瞬間が彼にとって意味のない結果として残ったわけではない。
受賞を超えて浮かび上がる俳優の価値
デビュー10年目にしてスクリーンデビューを選び、着実に積み上げてきた時間、そしてその中で刻んだ大小さまざまな足跡は、今回の結果とは無関係に、彼の心をさらに強くした。
アン・ヒョソプはこの作品を通じて“証明されたい俳優”というより、“自分が歩んできた軌跡と向き合い、これからどんな心で次へ進むのか”を確かめた人に近かった。
だからこそ、トロフィーを持てなかった場でも結果を嘆いたり感情を消耗するのではなく、作品をどう見つめ、どんな姿勢で最後の瞬間までこの旅路を抱いてきたのかを残したのだ。
彼が残した文章は、受賞の有無とは関係なく、これからの選択と歩みを決める“内面の基準”がどこにあるのかを静かにはっきりと示している。
結果は一瞬だ。しかし、俳優はその後の選択でより長く記憶に残ることがある。 アン・ヒョソプが今回の作品と授賞式を通して残したものは、まさにその地点に近いように思える。
私にとって『全知的な読者の視点から』は、壮大な世界よりも先に、“私たちは皆、誰かにとってのキム・ドクジャだった”という事実に気づかせてくれた作品でした。
誰かは人生の中で果てしなく耐えてきたでしょうし、
誰かは誰にも言えないまま崩れ落ちたかもしれません。
また、誰かは静かに再び立ち上がり、歩き出したかもしれません。
その一つひとつの過程が、私には誰の中にもひっそりと潜んでいるキム・ドクジャの姿のように思えました。
だからこの人物を演じるということは、特別な英雄を真似て作ることではなく、
“私たちの中にある小さな独者性”を呼び覚ます過程でした。
そして、誰もがキム・ドクジャになれるという気持ちで演じました。
その想いが、誰かにとって小さな勇気になればと願っていました。
この場を借りて、現場で激しく共に戦ってくださった全てのスタッフの皆さん、俳優の皆さん、
そしてキム・ビョンウ監督、いつも心から映画を愛してくれる制作陣の皆さん、
そして事務所の皆さんにも感謝をお伝えしたいです。
そして!ファンの皆さんにも本当に感謝していて、愛していると伝えたいです。
そして、長い間原作を守り続けてきたファンの皆さんがいてくださったからこそ、
私はその世界に入り、この旅路をご一緒できました。
その想いをよく知っているからこそ、慎重であり、また深く感謝しています。
これからも私は、壮大な英雄を演じる俳優ではなく、誰かの中の小さなキム・ドクジャを見つけ出す俳優でありたいと思います。
これからも真心を込めて演じていきます。
ありがとうございます
本当にヒョソプのウィバースをこんなに分析してくれるなんてファンかAIしかいないとおもう←
今回、トロフィーを授与されなくても、「来年、再来年、その先ずっと光る俳優としての根本的な決意」を見せてくれた気がするよね
受賞できなかったのにこんなに誇らしく思える俳優はなかなかいない。もっと応援したい”って自然と湧き上がる…そんな俳優、そうそういないよ。
つまりアン・ヒョソプチェゴ!
では🫡







